大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和55年(オ)669号 判決

上告人

医療法人玉水会

右代表者理事

中江好孝

右訴訟代理人

小川信雄

外二名

被上告人

大園ヤエ

外七名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小川信雄、同小川信明、同友野喜一の上告理由一について

被上告人らは、本訴において、本件土地の賃借人である中江好孝に対し、本件賃借権の無断譲渡による賃貸借契約の解除と期間満了による右賃借権の消滅等を理由として本件土地の明渡を求めるとともに、右賃借権の無断譲受人である上告人に対し、不法占拠を理由として本件土地の明渡を求めているものであるところ、被上告人らは、被上告人らと中江との間に存した賃貸借契約が被上告人らと上告人との間の契約関係に移行したと判断された場合のことをおもんばかつて、右賃借権の譲受人である上告人との関係においても期間満了による賃借権の消滅の予備的主張を明示的にしていないことは所論のとおりである。

ところで、賃借権の譲渡が、賃貸人の承諾を得ないでされたにかかわらず、賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない事情があるため、右譲渡を賃貸人に対抗することができるとされる場合には、賃貸人と賃借人との間に存した賃貸借契約関係は、賃貸人と譲受人との間の契約関係に移行し、譲受人が賃借人の地位を承継するものと解されるが、賃借人又はその譲受人が賃貸人に対し賃借権譲渡の事情を明らかにしない以上、賃貸人にとつては、右譲渡が背信行為と認めるに足りない事情があるため、賃貸人と賃借人との間の賃貸借契約関係が賃貸人と譲受人との間の契約関係に移行しているというようなことを予め認識することはほとんど期待し難いところであるから、賃貸借契約関係が譲受人に承継されたことを前提として譲受人に対しても賃貸借契約の期間満了による消滅の予備的主張を明示的にしていないことを非難することはできない。そうすると、賃貸人が賃貸借契約の期間満了による消滅を主張して賃借人に対して賃貸土地の明渡を訴求している場合には、特段の事情のないかぎり、右のような賃借権の無断譲渡に基づいて賃貸人との契約関係に入つてくる賃借権の譲受人に対しても、賃貸借契約の期間満了による消滅を黙示的に主張しているものと解するのが相当である。

してみれば、本件訴訟の経緯及び弁論の全趣旨に徴し、被上告人らが上告人に対しても本件賃貸借契約の期間満了による消滅を主張しているものと解した原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同二について

原判決及び記録によると、被上告人らは、本件賃貸借の期間満了の日の計算を誤り昭和四二年三月三一日限り期間満了したとして本件土地の使用継続に対し異議を述べ昭和四二年一〇月九日本訴提起に及んだところ、原審は、本件賃貸借は昭和三二年三月三一日の期間満了時に更新されたものの更に昭和五二年三月三一日期間満了するに至つたが、被上告人らは右期間満了後の本件土地の使用継続に対しても異議を述べたことを主張するものと解して、その主張の当否についても判断しているのである。

ところで、賃貸人が土地賃貸借期間の満了の日の計算を誤り、すでに期間満了日が到来したと考えて土地の使用継続に対し異議を述べ、賃貸借終了に基づく該土地の明渡請求訴訟を提起したが、訴訟における審理の結果賃貸人の主張する時期より後に期間が満了することが判明し、しかも賃貸人が右訴訟を継続維持している間に右期間が満了するに至つた場合には、右期間満了後の土地の使用継続についても異議が黙示的に述べられているものと解するのが相当であり、このような場合、所論のように、審理の結果判明した期間満了後に、とくに別個に異議を述べることを必ずしも必要とするものではない。

したがつて、本件賃貸借は昭和五二年三月三一日期間満了するに至つたが、被上告人らは、右期間満了後の本件土地の使用継続に対して異議を述べたことをも主張するものと解されるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(宮﨑梧一 栗本一夫 木下忠良 塚本重頼 鹽野宜慶)

上告代理人小川信雄、同小川信明、同友野喜一の上告理由

原判決には、当事者の主張していない事項について判断した違法、ならびに釈明権不行使の違法、ひいては審理不尽の違法がある。

一、(一)原判決は、「本件訴訟の経緯並びに弁論の全趣旨によれば、控訴人らは被控訴人玉水会の業務運営の実体が実質上被控訴人中江個人の経営と異なるものではなく、両者は社会的経済的には表裏一体をなすものとして、被控訴人玉水会が前記賃借権の譲受をもつて控訴人らに対抗しうるものであるならば、これを前提として、同被控訴人に対し右賃借権の消滅を主張しているものと解される」としている。

(二) しかし、被上告人らの主張は、第一審以来中江個人が賃借人であり上告人は不法占拠者である、との立場で一貫している。このことは、原審における被上告人らの昭和五四年一月二二日付準備書面(被上告人らの最終準備書面である。以下最終準備書面という)中の三位的請求の請求原因の記載をみれば明白である。即ち、被上告人らは「本件土地の賃貸借期間の満了により更新が認められたとしても」(最終準備書面請求原因第二項)、としながら賃料の請求はあくまで中江個人に対してなしているのであつて、上告人の賃借権譲受を認めるような主張は仮定的にすら一切なしていない。

また、被上告人らは、中江個人と上告人が社会的経済的には表裏一体をなすもの、との主張も全くしておらず、あくまでも両者を別異の人格として扱つている。

(三) 以上の状況のもとにおいて、原判決が前記のような説示をなしたことは、当事者の主張しない事項について判断したとのそしりを免れない。

さらに、賃貸借の当事者が誰であるかは、本件の如く正当事由が問題となる事案においては格別の重要性をもつ事柄である。

従つて、原判決が前記の如き判断をするのであれば、被上告人らに対し賃借人が何人であると主張するのかを釈明すべきであつた。この点において、原判決には釈明権の行使を怠つた違法がある。

二、(一) 原判決は、「本件賃貸借の存在期間が昭和五二年三月三一日となるべきこと、被控訴人玉水会が同日以降も本件土地上に本件建物を所有して本件土地を占有していることは前記のとおりである。そして、控訴人らの主張は、右期間満了後の本件土地の使用についての異議をも主張するものと解されるので、右異議を述べるについて正当な事由が存在したか否かにつき判断する。」としている。

(二) しかし、被上告人らが(い)昭和五二年三月三一日賃貸借の期間満了を理由として(ろ)賃借人たる上告人に対し土地継続使用に対する異議を述べたこと、かつその異議には正当事由が存すること、を明確に主張した事実がないことは記録上明らかである(原判決ですら、被上告人らの主張の項に、昭和五二年三月三一日の経過によつて本件賃貸借が終了した、旨の主張を記載していない)。被上告人らの主張についての原判決判示の如き解釈の手がかりとなるような被上告人らの主張が記録上一切見受けられないことも明らかである。

1 まず、被上告人らは、本件賃貸借の終了時期について、昭和四二年三月三一日であることを固執しており(被上告人の昭和五三年一〇月一八日付準備書面、および最終準備書面)、わずかに被上告人らの昭和五二年一一月二日付準備書面第五項において、仮に(第一審判決説示の如く)昭和三二年三月末日期間満了により更新されたものとすれば、昭和五一年七月、建物朽廃により本件借地権が消滅した、と主張するのみである。右準備書面は、昭和五二年一一月二日付のものであるから、被上告人が昭和五二年三月三一日本件賃貸借が期間満了により消滅した旨主張しようと思えば可能であつたにも拘らず、あえて主張しなかつたことに注目する必要がある。被上告人らが、最終準備書面に至つてもなお三位的請求として右昭和五一年七月末日の建物朽廃による本件賃貸借終了の主張を維持するにとどまつているところをみれば、被上告人らに昭和五二年三月三一日期間満了による本件賃貸借終了を主張する意思はなかつた、と解するのが相当である。被上告人らに昭和五二年三月三一日賃貸借終了を主張する意思があれば、被上告人らは最終準備書面において当然その旨四位的請求として主張したはずだからである。

2 また、一、で述べたとおり、被上告人らは、上告人が賃借人であることすら認めていないにも拘らず、原判決が昭和五二年三月三一日本件賃貸借終了後上告人に異議を述べた、と解するのは被上告人らの主張を二重に擬制するものであつて到底容認し得るものではない。

3 要するに、被上告人らの主張は、

イ 本件賃貸借は昭和四二年三月三一日をもつて期間満了し、本件土地の明渡を求めるについて正当事由を具備している、

ロ 仮に昭和三二年三月三一日に本件賃貸借が更新されたとすれば、同賃貸借は、昭和五一年七月建物朽廃によつて終了した、

の二点につきるのであつて、右主張中に昭和五二年三月三一日賃貸借終了、異議申述、正当事由具備の主張が包含されている、と解することは許されない(類似の事例として最高裁判所昭和三六年四月二五日判決、民集一五巻四号八九一頁、御参照)。原判決が弁論主義違反の違法をおかしていることは明らかである。

(三)1 原判決が、昭和五二年三月三一日賃貸借期間満了、および正当事由の存否を問題にするのであれば、当然被上告人らに釈明してその主張立証を尽さしめるべきであつたし、上告人にもその点についての防禦の機会を与えるべきであつた。就中、原判決は上告人所有の

鹿児島市下伊敷町一六二番一

の土地につき、利用されている形跡もなくまた将来の利用計画についても何らの主張、立証もないことを重視しているが、上告人が右の点につき防禦をしなかつたのは、被上告人らの主張からみてよもや昭和五二年三月三一日期間満了による正当事由が問題になるとは考えていなかつたためである。なぜなら、被上告人の主張は、昭和四二年三月三一日期間満了、正当事由具備を理由とする明渡請求であるところ、被上告人らは、第一審判決の指摘するとおり(原判決も同様であるが)、本件賃貸借の期間満了時の解釈を誤つており、前提を欠いているため被上告人らが新たに昭和五二年三月三一日期間満了を主張しない限り、昭和四二年三月三一日期間満了を前提とする正当事由を問題とする必要がなかつたからである(なお、原審和解期日においては、上告人は本件土地、前記一六二番一の土地の使用の必要性等を裁判所に説明している。従つて原審としては、上告人に前記土地の使用方法等の主張、立証の用意があることを知り得ていたわけであるから、昭和五二年三月三一日期間満了による正当事由存否の判断をするのであれば、上告人に対しその主張、立証を促すべきであつた)。また、当事者主義、弁論主義のもとにおいては、相手方が明確に主張していない事項について、いわば相手方の主張を先取りして予め防禦するということは、訴訟戦術上あり得ない。

2 本件は、昭和四三年に控訴審に移行し判決までに約一二年近くを要している。この期間は、本件のような事案についての通常の控訴審の審理としては、異例に属する長期のものと思われる(口頭弁論終結時までの実質審理回数は一五回にすぎない)。原審の審理が右のように長期にわたつた理由としては、裁判所の職権による和解勧告にもとづく和解期日がかなり多数回もたれたこと、被上告人ら側の期日延期の申立により審理が延引していること、等の事実を看過することができない。しかも、審理が長期にわたつた結果として、原審係属中に本件賃貸借の期間満了時たる昭和五二年三月三一日が到来してしまつたわけである。仮に通常のペースで審理が進行していれば、原審の口頭弁論は昭和五二年三月三一日より前に終結したのであろうことはほぼ確実である。そうであるとすれば、原判決の理由から判断する限り上告人敗訴の判決はあり得なかつた。上告人の責に帰すことのできない審理期間の長短が判決の結論に影響を及ぼすようになることは決して妥当ではない。

3 右に述べた事情のもとにおいて、原審が昭和五二年三月三一日期間満了による賃貸借終了を判断するのであれば、すべからく釈明権を行使し、争点を明確にしたうえで当事者双方に主張、立証を尽さしめるべきであつた。原判決には、右の点につき釈明権の行使を怠り審理を尽さなかつた違法である。

以上のとおり原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背があり、破棄を免れない。

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